◆ 第4話 ──「一棟目を活かす管理術と次の戦略」
契約が終わった日の夜、村井直人は家のダイニングテーブルに書類を並べていた。
手元には新しい物件の収支計画、修繕計画、そして管理会社との委託契約書がある。
「これから毎月9万円が入る。けど、このままじゃダメだ。次の一手を考えよう。」
彼は管理会社から渡されたマニュアルを読み込んだ。そこには、収益を最大化するための細かいテクニックが書かれていた。
「入居率を保つために、退去の2か月前から次の入居者募集を開始すること。
空室を減らすには、退去の立ち合い時に現状回復の内容を決め、すぐに修繕に入ること。」
村井はペンを走らせる。「よし、毎月の賃貸管理レポートをチェックする体制を作ろう。」
数日後、管理会社との初打ち合わせ。田辺さんが図面とリストを広げて言った。
「この物件、バルコニーの手すり塗装も次回の修繕時にまとめてやったほうがいいです。外観がきれいな方が、入居者募集も強くなります。」
「コストはどれくらいですか?」
「50万円ほど追加ですが、これで家賃を月1,000円ずつ上げても、1年でペイできます。」
村井はうなずいた。
「確かに、1,000円×6戸=月6,000円、年間で72,000円。2年なら回収できる。」
彼はその場で「次回の大規模修繕時に手すり塗装を追加する」とメモを取った。
打ち合わせの後、村井は本屋で「不動産投資の税務と管理」という本を購入した。
家に帰り、ビールを飲みながら読み進める。
「固定資産税は経費に計上できる…減価償却は建物部分のみ対象…管理費、修繕費、広告費も経費になる…」
「なるほど、節税のポイントをしっかり押さえれば、キャッシュフローはさらに改善できる。」
さらに本にはこんな一文があった。
「一棟目を持ったら、次は借り換えと追加購入を検討せよ。銀行は実績を重視する。1年ほど安定経営を続ければ、メガバンクや大手地銀でも好条件を提示してくるケースが増える。」
村井の心がざわつく。「借り換え…?」
彼はエクセルを開き、今のローン条件を入力した。金利2.0%・20年、残高5,000万円。
もし1年後に地銀へ借り換えでき、金利が1.5%・25年になれば、毎月の返済額はおよそ5万円も軽くなる計算だ。
「年間60万円の改善か…これは大きい。」
しかし、ただ金利だけを見てはいけない。彼はメモに書く。
「・借り換え手数料
・抵当権設定費用
・司法書士報酬
・保証料の再計算」
これらを加味しないと、せっかくの金利引き下げが意味をなさない。
翌週、村井は再び物件を訪れた。現場で会った入居者の一人が声をかけてきた。
「新しいオーナーさんですか? 前のオーナーさんはあまり管理してくれなくて…。」
「そうなんですね。何か困っていることがあれば、すぐに管理会社に言ってくださいね。」
「ありがとうございます。実はポストのダイヤル錠が壊れてて…。」
村井はすぐに管理会社に電話した。
「ポストのダイヤル錠が壊れているそうです。修理をお願いします。」
田辺さんは即答した。
「了解しました。すぐに手配します。」
この一件が村井に大切なことを教えた。「入居者対応のスピードは大事だ。」
小さなトラブルでもすぐに対応すれば、退去率は下がる。結果として空室損失が減り、収益が安定する。
夜、自宅で村井は次の戦略をノートにまとめた。
- 1棟目を1年間安定経営し、管理レポートを蓄積する。
- 半年後に外壁・階段・手すり塗装を実施し、価値を維持する。
- 固定資産税や修繕費を経費計上し、税引後キャッシュフローを最大化する。
- 1年後、金利引き下げ目的で地銀やメガバンクへの借り換えを打診する。
- その際、2棟目の購入を視野に入れ、融資枠を拡大する。
「次は何を買うかだな…」
彼は物件サイトを再び開いた。
都内23区内の築浅ワンルーム、価格は9,500万円、家賃収入は月40万円。
郊外の駅近2階建アパート、価格は5,500万円、満室家賃は月28万円。
数字を並べ、利回りを計算する。
「都内物件は利回り5.0%、郊外アパートは6.1%。ただし管理コストは…」
エクセルで比較表を作り、修繕積立や空室リスクをシミュレーションする。
その過程で、村井は気づいた。
「一棟目の経験が、確実に判断力をつけてくれている。」
翌月、管理会社から届いた初の月次レポートを開く。
「入居率 5/6戸、収入 30万円、支出 26万円、手残り 4万円」
まだ満室ではないが、予定通りの進捗だ。
「よし、次は空室を埋める広告戦略を相談しよう。」
村井は田辺さんに電話した。
「空室の募集状況はどうですか?」
「問い合わせはありますが、もう少し条件を緩和すると良いかもしれません。礼金をゼロにするとか。」
「やりましょう。それで広告費も追加します。」
1か月後、空室は埋まり、月次レポートの手残りは9万円に跳ね上がった。
「これだ、この感覚だ。」
会社員の給料とは別の収入が、着実に村井の口座を膨らませていく。
金曜の夜、オフィスの帰り道。
「俺は今、確かに自由に近づいている。」
そう思うと、街のネオンが少し輝いて見えた。
──次回、第5話へつづく
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